AIブログ

第13回:旅行ビジネスの主戦場は「事前計画」から「現地での運用」へ -AIエージェントが変える10兆ドル市場の取り分-
シェアする
2026.3.9
本田 えり子、比屋根 一雄

要約

  • 旅行市場で、AIにより収益の軸が事前計画から旅中の運用へ移行

  • 旅前は検索比較からAI対話へ変化し、AI可読データやAPI整備が競争力の鍵に

  • 旅中は状況に応じた再計画・即時提案が価値と新たな収益を生む

  • 旅後は体験データ蓄積で提案精度が向上し、継続収益化が進む

  • 主導権は予約手配から旅全体を担う体験のコンダクターへ移る

旅行・観光業は、世界GDPの約10%に相当する10.9兆ドル(約1,635兆円、1ドル=150円換算、以降も同様)を生み出す巨大産業である。また、旅行AI市場も2024年から2030年にかけて34億ドル(約5,100億円)から140億ドル(約2.1兆円)へ急成長すると予測されている。今この産業で、AIエージェントにより富の取り分が移動し始めている。
これまで旅行取引の主な収益源は、旅が始まる前の広告費や予約手数料だった。しかし、AIエージェントが旅行者の計画から予約、旅先での変更対応、旅後の処理までを一気通貫で支援するようになると、意思決定から決済までの導線は再編される。導線が変われば、広告や手数料の取り分も当然動く。
旅の価値の中心は「完璧な事前計画」から、現地での体験価値を最大化する「ジャストインタイムな運用」へ移る。本稿では、旅行流通とトラベルテックを中心に、導線の再編による収益の取り分の移動と競争環境の変化について考察する。

【図 旅のジャストインタイム化のイメージ】

1. 旅前の変化:膨大な検索から解放され、準備はAIとの会話で終わる

旅や出張の前、私たちは鉄道・航空券、宿泊先、現地移動、食事、観光、保険など、多数のサイトを行き来しながら比較検討してきた。選択肢が多いほど最適解を求める作業は終わらない。しかし、AIエージェントが個人の嗜好、予算、過去の行動だけでなく、「今回は老いた親と一緒なのでバリアフリー希望」など、その時点の制約条件まで把握できるようになれば、旅行前の準備は検索ではなく対話と合意で終わるようになる。旅行者にとっては、情報収集の負担が大きく下がり、意思決定の体験そのものが変わる。
この変化は、収益機会の形も変える。これまでは予約を取るための広告費や予約手数料が中心だったが、今後はAIの提案に選ばれるための費用やAIが実行できる形で提供される取引が重要になる。そのために事業者側に求められるのは、AIが読み取れる一次情報の整備だ。価格・在庫・取引条件などがAI可読な形式で提供され、さらに予約や変更がAPIで実行できることが前提になる。露出競争も、従来のSEOに加えて、生成AIに拾われるためのGEO(Generative Engine Optimization)へ比重が移る。
さらに、AIの旅程生成能力が高まるほど、販売アイテムも広がる。航空券と宿泊だけでなく、保険、送迎、体験、現地の移動手段などを旅行者ごとに組み合わせ、同時に提案・成約する機会が増える。
要するに旅前は、「探して比較する」から「会話で決める」へ変わり、事業者側は「AIに読まれる・実行される」ための整備と、現地でのアクティビティという旅行本来の目的に関わる販売アイテムの拡充が競争に勝つため重要になる。

2. 旅中の変化:現地の状況や自分の状態に合わせた柔軟な過ごし方が可能に

旅の価値は、計画通りにこなすことではない。現地で出会う景色、食事、人との出会いといった体験を堪能することにある。だからこそ、その日の天気、交通の遅延、混雑状況、あるいは自分の体調や気分に合わせて臨機応変に動けるほど、体験価値は高まる。ところが従来の旅行は、予約時点で旅程の大部分が確定していた。変更には手数料や追加費用がかかり、手続きも煩雑で、旅行者は変更を我慢するのが当たり前だった。
AIエージェントを活用できれば、この制約が緩む。例えば現地のストで鉄道が止まった場合でも、AIが代替手段の確保、もう一泊できるホテルの手配、当日の過ごし方の再提案、翌日の移動計画までをまとめて再構成し、実行までつなげられる。
こうした複雑な再計画と実行が対話で完結するようになると、旅行は「予定を詰めるほど安心」から「任せるほど自由で充実」へシフトする。すると、収益機会も旅中へ広がる。現地で見つけた気になる体験や、現地・その時点だけに提供される細粒度のお得情報を、その場で成約につなげる現地対応力そのものが、新しい稼ぐ力になる。
要するに旅中は、「計画の消化」ではなく「状況適応の運用」が価値の中心となり、その運用を担う主体に収益が集まりやすくなる。

3. 旅後の変化:面倒な後処理はAIにお任せ、次の旅の提案はさらに気が利くように

旅が終わった後にも、AIエージェントが活躍する余地は大きい。例えば写真の選別やアルバム作成、SNSへの投稿、レシートやチケット類の整理などの、旅行後の面倒な処理である。
AIがこれらを一手に引き受けると、旅の全工程がその人のプロフィールとして蓄積される。すると次回の提案の精度は大きく上がる。例えば「前回のイタリア旅行は3日目に疲れが出ていた。今回は中日にスパの時間を確保しよう」といった提案が自然に出せるようになる。
AIが本人以上に特性を理解し、旅の好みや疲れやすさまで反映した提案を継続的に行えるようになると、他のAIやサービスへの乗り換えは起こりにくい。旅のデータを蓄積できるほど、顧客接点は強固になる。
このデータ活用による収益機会は、巨大プラットフォーマーだけの特権ではない。小規模事業者でも、顧客理解を深め、AIを介してパーソナライズされた提案を継続的に届けられれば関係性を強められる。自社で収集したデータを次回提案やアップセルに活かせることは、プラットフォーム支配から距離を置き、主体性を確保する第一歩になる。
要するに旅後は、「面倒の外部化」と「体験データの資産化」によって、継続収益の土台が作られる。

4. 産業構造の変化:テック大手、大手オンライン旅行サービス、ベンチャーによる多層的な争い

収益の主戦場が「事前計画」から「現地運用」へ移ると、産業構造は大きく変わる。争いは、Googleなどのテック大手、Booking.comなどの大手オンライン旅行サービス(OTA)、そしてベンチャー企業による三つ巴の多層戦へ変わるだろう。
テック大手は圧倒的なユーザー接点を武器に、旅行の入り口を押さえにかかっている。Googleの「AIモード」やOpenAIの「Expedia in ChatGPT」のように、旅行者の最初の一言を受け止め、そのまま決済まで完結させる検索UIの支配を狙う動きが象徴的だ。
これに対してOTAは、膨大な購買実績やレビューを武器に、会話型プランナーやレビュー要約などを実装し、旅行に特化した深い専門性で顧客を引き留めようとしている。例えばExpediaは、Instagramを活用した旅行計画ツール「Expedia Trip Matching」を2025年に発表し、閲覧傾向をもとにパーソナライズされた提案を行う。
ベンチャーは、大手同士の隙間を縫ってビジネスチャンスを広げている。方向性は大きく2つある。第一に、独自UIで上流に食い込み、旅行者の意思決定を握るアプローチだ。例としてMindTripは、会話型の旅程生成に加え、共同編集や写真・レビュー統合など旅行特有のUIで差別化している。第二に、法人向けの実行基盤に入り、現地の複雑さを引き受けるアプローチである。例えばTrustd.aiは、予約詐欺・不正・トラブルの自動検知によって、ホテルなど事業者側の痛点を解消する。
特にAIが提案した内容を、現地の古いシステムともつないで実行に移す領域には、いまなお大きな空白がある。複雑なAPI連携や例外処理を支える法人向け実行基盤は、ベンチャーが主導権を握り得る有望領域だ。

結論:産業の主導権は予約手配から体験のコンダクターへ

これまでのビジネス上の勝者は、旅行者の窓口となり比較検索や予約手続きを代行する大手オンライン旅行サービス(OTA)であった。しかし、AIエージェントが個人のコンシェルジュとして機能する世界では、旅の全行程を調整しつづける体験のコンダクターに価値と収益がシフトする。
これまでの話をまとめると、この変化の中で取り分を確保するためのポイントは、以下3点である。これらの役割は、既存プレイヤーが機能強化により担う可能性もあれば、テック大手やベンチャーが獲得する可能性もある。

  1. ① 部分の販売から旅工程全体の運用へ 航空券や宿泊といった旅工程の部分を売るモデルは、価格比較の激化によるコモディティ化が加速する。一方、これからの利益の源泉は、旅の途中で発生する予定外の事態やその時の気分に応える、動的なパッケージングにある。
    旅行者が求めるのは完璧な旅程表ではなく「何が起きても代替案がある」という安心感や「現地で新たな発見や特別な体験が得られた」という高揚感だ。この運用の過程で課金ポイントを設計できるかどうかが、取り分確保のポイントだ。
  2. ② 旅行体験の蓄積・データが次の収益機会を生む これまで旅行の体験は、蓄積されないまま消費されがちだった。しかしAIが旅のプロファイルを継続的に蓄積すれば、体験は資産に変わる。顧客の記録データを獲得し、次回提案の精度を高められるプレイヤーほど、広告費に依存しない収益機会を手にできる。
  3. ③ 安定的に可変性を提供する法人向け実行基盤に空白がある 旅の価値が計画から実行・運用へ重心を移すほど、予約後の変更や例外処理を安定して回す仕組みが重要になる。現地の多様なシステムや運用と接続し、変更・再予約・返金・代替手配を支える法人向け実行基盤には、まだ空白が大きい。ここを押さえられるかどうかが、現地運用時代の勝敗を分ける。

旅の価値のシフトに対応するためには、既成の旅行・観光業はアンバンドルしなければならない。価値は旅行先での自由な時間と特別な体験である。AIエージェントはそれを成功に導く相棒として、旅の初めから終わりまで終始伴走する存在となる。
10.9兆ドル市場が再編される中、企業にはAIエージェントを運用・統制する能力が求められる。この対応の成否が、自社がAIを活用して主導権を握れるのか、あるいはアルゴリズムによる自動選別の対象にとどまるのかを分けるだろう。

  1. World Travel & Tourism Council“Travel & Tourism Economic Impact Research (EIR)”,
    https://wttc.org/research/economic-impact (2026年2月3日閲覧)
  2. Grand View Research, “AI in Tourism Market (2025 - 2030)”,
    https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/artificial-intelligence-ai-tourism-market-report (2026年2月3日閲覧)
  3. Expedia in ChatGPT ホームページ
    https://www.expedia.com/product/expedia-in-chatgpt/ (2026年2月18日閲覧)
  4. Expedia Trip Matching ホームページ
    https://www.expedia.com/tripmatching (2026年2月18日閲覧)
  5. MindTrip ホームページ
    https://mindtrip.ai/ (2026年2月18日閲覧)
  6. Trusted.ai ホームページ
    https://trustd.ai/ (2026年2月18日閲覧)
  7. 筆者

    筆者 BA・AI事業部門 事業ディレクター(BA・AI担当) 本田 えり子
    本田 えり子
    株式会社三菱総合研究所
    BA・AI事業部門 事業ディレクター(BA・AI担当)

    マーケティングを中心として、幅広い業種・分野でのAI・データ活用コンサルティングを行っています。技術やデータを使うことが目的化しがちですが、企業の生産性や生活者への提供価値を高めるためにどう技術を使えばよいのか、常に意識しながらプロジェクトを進めています。

    筆者 研究理事 比屋根 一雄
    比屋根 一雄
    株式会社三菱総合研究所
    研究理事

    IT歴50年、AI歴30年。オープンソース活動家の顔もありました。今は研究理事として、企業のAI活用支援やAIソリューション開発を担っています。AIの行く末に、一抹の不安を覚えつつ、大きな期待をかけています。

    ※部署/役職は公開時点のものであり、現在と異なる場合があります。

DXメルマガ
配信中