2023.10.19
研究理事 比屋根 一雄
三菱総合研究所は生成AI時代の始まりに向け「生成AIラボ」を新設する。それを記念して「三菱総研 生成AIコラム」の連載をお届けする。
7. 自社サービスを高度化【Step 5】
最後のStep 5は自社サービスの高度化である。
デジタル変革(DX)は、3段階で語られることが多い。データ化・ネット化を進めるデジタイゼーション、業務プロセス改革に取り組むデジタライゼーション、ビジネス変革に至るデジタルトランスフォーメーションである。Step 5は最後のデジタルビジネス変革の第一歩と言える。
デジタルビジネス変革には、5つの代表パターンがあるとみる。(1)顧客体験の高度化、(2)モノ売りからコト売り、(3)サプライチェーン全体の変革、(4)革新的な新商品・新サービス、(5) プラットフォーム化によるエコシステム創出、である。詳しくは別途記したい。
生成AIはいずれにも役立つが、対話AIなので特に「(1)顧客体験の高度化」に直結する。ITサービスやシステムの使い方を、メニュー画面操作や文字入力から、自然言語の対話操作に移行できる。操作性を飛躍的に向上できる可能性がある。これが進めば、従来対面で接客せざるを得なかったサービスも、本格的なオンライン接客へ移行できる道が開けた。
生成AIを活用した自社サービスの高度化は、緒についたばかりであるが、いくつか典型例が見出されている。
〇ユーザのコンテンツ登録をサポート
ユーザがコンテンツを登録するITサービスは多い。登録数が増えればユーザも増える。したがって、いかに簡単に気軽に登録できるかが競争力に直結する。
特に、動画投稿サイトや中古品出品サイトでは、コンテンツ登録が面倒である。これまでもいろいろ工夫を凝らして、投稿ハードルを下げてきた。動画の簡易編集を提供する。アップロード画像を認識して商品情報を自動入力する等である。
生成AIでコンテンツ登録をさらに便利にできる。例えば、投稿動画を見てもらうには、説明文が欠かせないが、考えるのは面倒である。生成AIを使えば、動画の内容を認識して、動画に映っている人物や動作、情景等を説明する文章を生成できる。サムネイルも視聴者数を大きく左右する。サムネイル動画生成も開発がホットな分野である。
フリマサイトの出品説明文も生成AIでサポートできる。簡単な指示で説明文を自動作成できれば、出品者が便利になるだけでなく、購入者の選択もしやすくなる。つまり、顧客満足度の向上による取引量の増加が期待されるのである。実際、メルカリは出品説明文に生成AIで自動作成するとのこと。
ユーザ登録コンテンツの作成をサポートする生成AIは急速に増えている。
ブログサービスnoteでは、生成AIでブログ執筆をサポートする「note AIアシスタント」を提供している。アイデアやタイトルを提案、表現をブラッシュアップ、要約、レビューなど、あたかも編集者のように生成AIが執筆者に寄り添う。
転職サービスFindyでは、業務経歴書の作成を生成AIがサポートする「ChatGPTからインタビュー受けてみた」をリリースした。エンジニアと対話して、経験プロジェクトや利用技術だけでなく、乗り越えた壁と将来への活かし方など、をインタビューする。その結果を元に生成AIが職歴を自動作成するのである。
〇商品選定の相談を受けて注文を取る接客
生成AIの自然言語対話能力を最も活かすのが接客であろう。特に商品点数が多いと、ユーザが選ぶのに苦労する。ネット通販やオンライン旅行予約、レストラン予約は典型的である。
生成AIに希望を伝えると商品を提案する。商品選定の観点を提案して、絞り込みを手伝う。最後に注文を受け付けて完了する。生成AIとの対話を通じて、あたかも店員と会話するように商品を選ぶことができる。これはオンライン顧客体験の大きな進歩である。
実際、ChatGPTのプラグインにこのタイプが増えてきた。レストラン予約の「食べログ」や旅行予約の「楽天トラベル」である。オンライン接客に対話AIは必須になりそうである。
対話型オンライン接客が進歩すると、わざわざ店舗に足を運ぶのが面倒になる。待たされることも無く、店員に気遣う必要もない。特に店舗型代理店はネットビジネスへの転換を迫られるだろう。旅行代理店だけでなく、保険代理店、不動産代理店も同じである。これらのビジネスは情報のやり取りでほぼ完結するという点が共通する。その意味では銀行の支店も同じ構造を持つ。
ただし、対話AIが店舗を本格的に代替するには、音声応答が必須であろう。現在のところ、比較的シンプルなレストラン予約の注文電話でもギリギリの精度と見られている。複雑な対話相談を音声でこなすには、もう一段の技術的進歩を待たねばならない。
〇自然言語対話で業務システムを操作する
業務システムでは、複雑な操作を覚えたり、多数の項目を入力するなど面倒が多い。一つの操作を行うために、別システムのデータを参照して転記しなければならないこともある。生成AIを介して、システム操作を楽にする試みが始まっている。
チャットツールのSlackはClaudeという生成AIを導入した。現在のところ、未読チャットの要約や、音声会議書き起こしテキストの要約が主たる使い方である。すでにSlackはTrelloやAsanaなどのタスク管理ツールと連携して、新しいタスクの作成やステータスの更新をSlackから行える。今後は自然言語でタスク生成もできるようになるだろう。
生成AIの専門家が代わりに作業してくれるタイプも登場するだろう。例えば、SalesForceの「EinsteinGPT」やDataBricksの「LakehouseIQ」は、自然言語で指示すれば、必要なデータを集めて分析してくれる、いわばデータサイエンティストのようなサービスを目指している。
業務システムベンダにとっては、自社プロダクトの顧客体験を一新できるチャンスである。例えば、交通費精算システムは、多数の入力項目がありミスもよく発生する。経理スタッフがチェックして差し戻す。自然言語で受け付ければ、その場でチェックでき不足や間違いを訂正できるだろう。ITシステム管理では、ヘルプデスクが受け付け、各種システムを操作している。生成AIが代わりにシステム操作してくれればありがたいだろう。つまり、専門スタッフの業務軽減だけでなく、一般社員から面倒なシステム操作を解放するのである。
これらの生成AI活用は、システム操作や業務を自分に代わって担う、優秀な秘書を雇うのと同じである。今でも役員など地位の高い方々は、自分でシステム操作せず秘書や部下に任せている例は多いだろう。生成AIは「誰にでも秘書」がつく時代を予感させる。
8. おわりに
ここまでStep 1~5を順に紹介してきた。Step 1/2は、ChatGPT等のような生成AIを社員が個人的に日常業務で使う。Step 3/4になると社内情報にアクセスして、業務をサポートしたり、業務を自動化する。組織知を活用したデジタル業務改革である。そしてStep 5ではビジネス変革の第一歩となる自社サービスの顧客体験の高度化を取り上げた。
つまり、日常業務のデジタル化→デジタル業務プロセス改革→デジタルビジネス変革、というDXの3段階に相当する。DXが道半ばの企業が大半を占めるが、生成AI活用の観点を追加することで、DXを先に進めやすくする可能性がある。社員一人ひとりに役立つ生成AIは、社員に受け入れやすい。また、システムの操作性が自然言語で改善されるなら、新しいシステムに移行しようと考えやすい。DX成功のカギを握る社員の協力を得やすいからである。
積極的な生成AIの導入が多くの企業で進むことを願う。