生成AIコラム

第5部 生成AIが導く産業の未来

第5部|第7回:行政(自治体、中央官庁)と生成AI
2025.3.18
飯田 正仁

三菱総合研究所は生成AI時代の始まりに向け「生成AIラボ」を新設する。それを記念して「三菱総研 生成AIコラム」の連載をお届けする。

※「三菱総研 生成AIコラムシリーズ」はこちら。

はじめに

第1部~第4部で紹介したように、生成AIはビジネスや業務に大きな変革をもたらす技術と期待されている。実際に、様々な産業界で生成AIの活用が進みつつある。
第5部では、各産業での課題や生成AIの活用事例、今後生成AIが普及していくためのポイントについて紹介する。
本コラムでは、行政(自治体、中央官庁)と生成AIについて紹介する。

行政の背景と課題

近年、急速に進むDXの潮流は、行政分野にも大きな影響を及ぼしている。
行政サービスのデジタル化や効率化が、都道府県や市区町村などの自治体、府省庁などの中央官庁で注目を集めているのは、業務効率化が急務の状況であり、住民・国民の利便性向上にも直結するためである。DX化が進展すれば、将来的には、行政プロセス全体を革新することも可能になる。

<自治体の背景と課題>

自治体では、住民のニーズが年代や地域ごとに多様でありながら、迅速かつ的確な情報提供とサービス提供が求められる。一方で、自治体の予算や人材は限られており、限られたリソースの中で多様なニーズに対応しなければならないという課題を抱えている。
行政業務では、大量の文書や規則類を参照しながら、文書を作成する機会が多い。例えば、決定事項の共有と業務の透明性を確保する情報基盤として、議事録は重要である。多くの会議体で議事録をはじめ行政文書の迅速な作成が求められているが、従来の紙文書・手作業中心の文書作成やデータ管理は時間的なロスやミスを生みがちであり、効率性と品質の向上が求められている。住民やメディアから情報公開要求があった際も、迅速に対応する必要がある。
さらに、近年増加しつつある新たな社会問題への対応も求められている。単身世帯の増加などさまざまな社会課題を背景とした孤独・孤立問題への対策、頻発する災害や感染症流行への対応など、従来の体制だけでは対応が難しいケースもある。情報更新の遅れや判断の不統一が生じる懸念もあり、対応体制の確立が求められている。

<中央官庁の背景と課題>

中央官庁は、全国規模の政策決定や情報管理を担う。膨大なデータを迅速かつ的確に統合して分析する必要があるが、システムやデータは多岐にわたるため、効率的な情報の整理や分析支援が求められている。
また、中央官庁は海外文書の情報整理や翻訳、グローバル情勢に即応した政策判断や多様な情報の収集・分析も担っている。VUCAの時代ともいわれ、国際情勢の変動は早い。迅速な海外情報の整理や翻訳に対するニーズは高い。
近年では、フェイクニュースや偽・誤情報に対するリスクも高まっている。高度化したオンラインでのフィッシング詐欺やサイバー攻撃も急増しており、人による検出と対応では限界がある。警察行政の現場では、高度で効率的な捜査プロセスの導入が求められている。
自治体と中央官庁のそれぞれが抱える背景や課題は異なるものの、限られた予算と人材という制約下で、従来の紙文書・手作業中心の業務を脱却して高効率かつ高品質の運営が求められる点は、いずれの行政レベルにおいても共通している。これらの背景や課題を解決するツールとして、様々な業務で生成AIの活用が進んでいる。
【図:行政での生成AI活用状況】
図:行政での生成AI活用状況 出所:三菱総合研究所作成

生成AIの先駆的導入と活用環境整備

ChatGPT登場後まもなく、自治体や中央官庁で生成AIの先駆的な導入があり、今では全国的に生成AIの活用が進んでいる。費用対効果やセキュリティ面の懸念から慎重な姿勢を取る自治体もあるが、先行する事例の成果やノウハウの共有によって、多くの実証や導入検討が加速した。

<自治体による生成AIの先駆的導入>

自治体での先駆的な導入として、神奈川県横須賀市や兵庫県神戸市の例がある。
横須賀市は、2023年4月に地方自治体として日本で初めてChatGPTを全庁的に実証導入し、6月から本格運用を開始した。ChatGPTが登場してから僅か5か月後という異例の早さで導入に至ったのは、市長によるリーダーシップや生成AIに詳しいアドバイザーの指導とともに、年間約9万件ともされる同市の文書管理システムへの文書登録という例が示すように大量文書を扱う業務で切実な効率化ニーズがあったことも大きい。利用方法やベストプラクティスを収集・共有し、生成AI活用への抵抗感の低減にも努めた。生成AIを活用したチャットボットによる市民からの問い合わせ対応や、内部文書作成時の生成AI活用によって、業務効率化と職員の負担軽減を実現している。
横須賀市は、複数の自治体や企業と協働で、自治体の生成AI活用に関するノウハウを共有するサイト「自治体AI活用マガジン」も開設している。自治体間では共通する業務が多く、ノウハウ共有の取り組みは自治体の生成AI活用を加速させた。
神戸市では、2024年3月に全国で初めて包括的なAI利用に関する条例を制定し、同年9月末に施行した。市民サービスの向上や行政事務の効率化だけでなく、住民の権利保護や透明性確保といったAIのリスク管理も重視されている。リスク面を考慮して慎重な姿勢を取る自治体もあり、今後の自治体でのAI活用の在り方を示す事例として注目される。

<中央官庁による生成AIの活用環境整備>

中央官庁は、自らの業務効率化に生成AIを活用するとともに、生成AIを活用しやすい環境の整備という重要な役割を担っている。
デジタル庁は、行政DXを牽引する役割を担う中で、生成AIを含む先端技術の導入やガイドライン策定を主導している。関係省庁での生成AIの業務利用に関して、ChatGPT登場から間もない2023年5月には、「ChatGPT等の生成AIの業務利用に関する申合せ」を実施した(9月に改定)。その後、2023年12月から2024年3月には生成AIの利活用に向けた技術検証を行っている。実施業務改善効果の検証と具体的なユースケース検証によって、パブリックコメント対応などでの大幅な業務時間削減や作業品質向上が期待されること、セキュリティ対策や誤情報生成などのリスク対策が必要なことなどを確認した。
デジタル庁が自ら生成AI活用を進めることによって、行政DXを推進する中核機関として生成AIの活用モデルを他省庁や自治体に示し、行政DX全体の効率化と品質向上を牽引することができる。自ら技術検証を行うことは、セキュリティなどのリスクを事前に把握し、安全かつ効果的な運用基盤を構築する知見を蓄積できる点でも重要である。
経済産業省も、国内の生成AI基盤モデル開発力を強化するプロジェクト「Generative AI Accelerator Challenge(GENIAC)」を推進している。行政業務でのユースケース検証では、翻訳や要約、コード生成など大量のテキストを扱う業務において、特に生成AIは大きな効果を発揮するとされた
総務省は経済産業省とともに、内閣府のAI戦略会議で事業者向けのAI利活用に関する包括的な指針である「AI事業者ガイドライン」を策定しており、その後設置されたAI制度研究会では変化の激しいAI業界動向に合わせた改定や一部法制化に向けた議論が行われている。また、特に初心者向けに生成AIの正しい使い方を学ぶための資料「生成AIはじめの一歩」を公開している。
ここに紹介したような自治体による先駆的導入と中央官庁による環境整備もあり、総務省の調査によると、自治体では既に都道府県で約5割、政令指定都市で約4割、市区町村で約1割が生成AIを導入済で、実証実験中も合わせるとそれぞれ約95%、約90%、約25%に達している。
今後は、行政機関同士の情報共有や横断的な協力体制の構築がより重要になる。成功事例と課題を共有しながら、実運用や制度整備が進むと考えられる。生成AIを適切に活用できる仕組みが整えば、高効率かつ高品質な行政サービスが実現するだろう。
【表:中央官庁の生成AI活用環境整備事例】
表:中央官庁の生成AI活用環境整備事例 出所:各中央官庁ホームページ等から三菱総合研究所作成

行政(自治体、中央官庁)の生成AI活用事例

コラム冒頭に挙げた行政の課題を具体的に解決するツールとして、生成AI活用が進んでいる。生成AIの特長を活かし、限られたリソースで多くの行政文書を扱う業務や議事録作成、海外情報の収集・翻訳、特定の業務に特化した生成AIの導入などの事例が多い。具体的な効果が発現しているケースも出始めている。

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▼このコラムでわかること

自治体・中央官庁での具体的な生成AI活用事例

生成AI活用のリスクと対策(情報漏洩/誤情報/透明性/リテラシー)

未来の行政業務における「AIエージェント」の活用とは?

<目次>
■行政(自治体、中央官庁)の背景と課題
 ・自治体の背景と課題
 ・中央官庁の背景と課題
■生成AIの先駆的導入と活用環境整備
 ・自治体による生成AIの先駆的導入
 ・中央官庁による生成AIの活用環境整備

(限定ページ)

■行政(自治体、中央官庁)の生成AI活用事例
<自治体の生成AI活用事例>
 ・文書処理・要約、議事録作成
 ・情報検索
 ・問い合わせ対応・カウンセリング
 ・業務特化型カスタマイズ
<中央官庁の生成AI活用事例>
 ・文書処理・要約・翻訳
 ・情報分析・防犯対策
 ・問い合わせ対応・マッチング
 ・業界特化型生成AI開発
■未来の行政(自治体、中央官庁)と生成AI活用
 ・多様なニーズの把握、政策立案への活用
 ・政策評価・シミュレーション、ペルソナ作成への活用
 ・選挙活動における活用
 ・AIエージェントによる業務対応
■行政(自治体、中央官庁)での生成AI活用に向けたポイント
■まとめ
  1. 一般社団法人 自治体DX推進協議会 2024.06.03 インタビュー 「生成AI開国の地」横須賀市、ChatGPTで業務効率化を推進
    https://www.gdx.or.jp/column/yokosuka.html(2025年2月18日閲覧)
  2. 自治体AI活用マガジン 生成AI活用の知見まとめサイト
    https://govgov.ai/(2025年2月18日閲覧)
  3. 神戸市 AI条例の制定と利活用
    https://www.city.kobe.lg.jp/a08691/20231121_ai.html(2025年2月18日閲覧)
  4. デジタル庁 ChatGPT 等の生成 AI の業務利用に関する申合せ(第2版)
    https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c64badc7-6f43-406a-b6ed-63f91e0bc7cf/e2fe5e16/20230915_meeting_executive_outline_03.pdf(閲覧日2024.12.2)
  5. デジタル庁 2024年5月13日 2023年度 デジタル庁・行政における生成AIの適切な利活用に向けた技術検証を実施しました
    https://www.digital.go.jp/news/19c125e9-35c5-48ba-a63f-f817bce95715(2025年2月18日閲覧)
  6. 経済産業省 GENIAC
    https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/geniac/index.html(2025年2月18日閲覧)
  7. note METI-DX 経済産業省DXオフィス 2024年10月7日 行政DX最先端:生成AI活用に向けた挑戦
    https://metidx-gov.note.jp/n/nb8cbb8dc65ff(2025年2月18日閲覧)
  8. 総務省 「AI事業者ガイドライン」掲載ページ
    https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/ai_network/02ryutsu20_04000019.html(2025年2月18日閲覧)
  9. 総務省 生成AIはじめの一歩
    https://www.soumu.go.jp/use_the_internet_wisely/special/generativeai/data/file01.pdf(2025年2月18日閲覧)
  10. 総務省 情報流通行政局地域通信振興課 自治行政局行政経営支援室 自治体における生成AI導入状況 令和6年7月5日版
    https://www.soumu.go.jp/main_content/000956953.pdf(2025年2月18日閲覧)

筆者

筆者 飯田 正仁 株式会社三菱総合研究所 デジタルイノベーション部門 生成AIラボ
飯田 正仁
株式会社三菱総合研究所
デジタルイノベーション部門 生成AIラボ

学生時代はOR・数理工学を専攻、現在はAI・XR・量子など新しい技術の最新動向や社会に与える影響を調査研究しています。身近なところに最新技術のある子供たちが、将来どんなふうに成長していくのか、とても楽しみです。

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