2023.10.12
研究理事 比屋根 一雄
三菱総合研究所は生成AI時代の始まりに向け「生成AIラボ」を新設する。それを記念して「三菱総研 生成AIコラム」の連載をお届けする。
1. 生成AI導入の5ステップ
生成AIは発展途上。活用方法も定まっていない。走りながら考えるしかない。各社の状況によって優先すべきものは異なる。しかし、この半年で共通の導入パターンが見えてきた。
パナソニックは全社員9万人にGPT活用のAIアシスタント「PX-GPT」の利用を開始した。東京海上日動は保険領域に特化した対話型 AI を開発する。これらの先行企業は典型的な生成AI導入パターンを示している。すなわち、パナソニックは社員一人ひとりの利用スキルを向上させ、利用ノウハウを蓄積することを優先している。東京海上日動は大勢の社員が働くコールセンターのオペレーターを支援して、大きな業務改善効果を得ようとしている。
また、SalesforceやDatabricks等の大手IT企業のITサービスでは、生成AIを機能強化の中核に据えている。多くの業務を生成AIでサポートし、あるいは自動化を目論んでいる。そして、MicrosoftはOfficeやWindow等の自社製品に生成AIを組み込み、日常業務でユーザをサポートすると発表している。
このように状況は日々変化している中で、企業はどのように生成AIの導入を進めるべきであろうか。当社は、生成AIを5つのステップで導入を検討するのがと良いと考える。
- Step 1:ネット公開情報をチャット検索
- Step 2:質問文に社内情報を与えてタスクを実行
- Step 3:社内情報をチャット検索
- Step 4:社内文書を学習させタスク実行
- Step 5:自社サービスを高度化
これらのうち、Step1/2は社員の日常業務でのデジタル活用であり、Step3/4は組織的なデジタル業務改革である。そしてStep5はデジタルビジネス変革を目指すものである。ただし、これらのステップを必ずしも順番に進めてゆく必要はない。
2. ネット公開情報をチャット検索【Step 1】
各社が最初に活用するOpenAIのChatGPTに代表される対話型生成AIのチャット検索であろう。社員個人が無料版で試すのは良い。ただし、自社の秘密情報をプロンプト(質問文)に書き込むと、学習されて他で出力されるリスクが懸念される。したがって、セキュアな利用環境を用意すべきである。
〇法人向け対話AIサービスの導入
企業で導入するなら、MicrosoftのAzure OpenAI Serviceが代表的だが、API利用が原則である。一般社員向けには「法人向け対話AIサービス」を導入する必要がある。
法人向け対話AIサービスで提供される基本機能は、個社に閉じたセキュアなクラウド環境、利用ログのローカル保存と利用状況分析機能、ユーザアカウント管理である。加えて、利用を促すために優良プロンプトを社内共有したり、様々な用途のプロンプトテンプレートを提供するサービスもある。
当社の関連会社である日本ビジネスシステム(JBS)では、「アイプリシティチャット」※1 と呼ぶAzure OpenAI Serviceを活用した法人向け対話AI環境を提供している。
ただし、これらのサービスでは、OpenAI ChatGPT有料版で提供されるプラグインが利用できない。現時点では、高品質のGPT-4ではなく、GPT-3.5しか利用できないサービスも多い。
また、最近Microsoftは「Bing Chat Enterprise」という法人向け対話AIサービスを発表した。Microsoft 365の法人ライセンスで追加経費なしで利用できる。本格導入の際には検討したい。
〇情報収集・整理からレポート作成まで
Step 1の基本はネット情報の収集である。いわゆるググっていた作業に代わるものである。検索サイトではキーワードに該当するWebページの一覧が表示される。一つ一つのページを開いて目的の記述を探さねばならない。対話AIでは要点をまとめて短い文章で示してくれる。これだけでも圧倒的に時間節約になる。
対話AIのメリットは単にネット情報収集が速く簡単になるだけではない。後段の情報整理と文章作成作業にも役立つことである。Web検索で調べた結果を一覧表にすることも多い。ExcelのChatGPTアドオンを導入すれば、ChatGPTが調べた結果をExcelの各セルに直接入力できる。つまり、一気にExcel表を完成できる。また、報告レポートの章節目次を対話AIに作らせ、さらに各項目を埋める文章を作らせることもできる。例えば、市場動向レポートをほぼすべて対話AIに作らせることも可能だ。
社内業務中で調べものに多く時間を費やしている。筆頭はWeb検索と社内文書検索である。当社のリサーチプロジェクトでは、約2割の時間をWeb等の外部情報の収集に費やしていると推定している。
3. 質問文に社内情報を与えてタスクを実行【Step 2】
法人向け対話AIサービスを導入すれば、社内の機密情報を与えて、対話AIに仕事を任せることができる。Step 2も併せて取り組みたい。社内情報や顧客情報を対話AIに与えるため、セキュアな法人向け対話AIサービスが不可欠である。
当社の「ChatGPT最新状況調査」(2023年6月)によると、Step 2の主な利用用途は、文章要約・翻訳、レポート作成、議事録作成、企画書・稟議書作成、プログラミング、営業資料・パンフレット作成、企画立案・ブレストの順であった。
〇メール・スピーチ原稿の作成
文章生成AIなので基本は文章作りである。メールやスピーチ原稿の文章生成が代表的であろう。文章に含めたい内容や相手の状況、文章作りの意図等を箇条書きで与える。そうすれば極めて自然な文章を生成してくれる。
メールで丁寧な言葉遣いで相手をおもんばかった表現に苦労する人には、特に役立つはずである。
〇議事録の作成
会議の議事録作成は若手が面倒と感じる業務の一つである。オンライン会議では、音声認識で発言を話者ラベル付きでテキスト化する機能がある。この発言テキストを要約することで、議事録作成を飛躍的に効率化できる。
ToDoや決定事項もある程度抽出できる。各項目に紐づいた意見をまとめたり、反対理由だけを列挙するなど、従来よりも見やすい議事録を作る手助けにもなる。
この応用として、営業面談後の営業日報作成にも期待されている。登録が面倒なため営業管理システムが十分に使われない企業は多い。音声認識テキストから、顧客の要望や予算等、項目毎に情報抽出すれば、営業管理システムへの登録の手間を軽減できる。
〇営業資料・パンフレットの作成
対外的な営業資料やパンフレットの作成も期待が大きい。顧客に訴求する魅力的な文章を書きたいというニーズである。自分では思いつかないようなキャッチコピー案を多数提案する。商材の長所を強調するような説明文章を生成する。これらは文章生成AIが得意とするところである。
また、資料に載せる写真やイラストは画像生成AIが有用である。ストック画像サービスでは、ニーズにぴったりな画像が見つからないことも多い。具体的に指示すれば意図に沿った画像を得られる。ただし、特に画像では著作権侵害に注意を要す。知財問題をクリアした商用サービスを利用したい。
〇プログラミング(コード生成)
文章生成AIへの大きな期待として、コード生成すなわちプログラミングがある。MicrosoftのGitHub CopilotやAmazon CodeWhisper等のソフトウェア開発者が利用する専用のコード生成AIが有名である。しかし、一般社員でもExcelマクロ等の簡易プログラミング言語でのコード作成に極めて便利である。
4. 日常業務で生成AIを上手に利用する
〇良いアウトプット得る指示スキル
良い文章を生成させるコツは、明確に具体的に指示することである。また、与える指示を少しずつ変えて、何度も生成させることである。意図にそぐわない点を示して、指示文を修正してゆく。
生成された文章を直接直したくなるが、指示文を繰り返し修正することによって、次回から的確に指示できるからである。指示スキルを向上することが大事である。良い指示文をストックして自分のスキル財産としたい。
〇指示文を組織で共有
生成すべき文章は、各社・各部署によって少しずつ異なる。多くの社員が優れた指示文を共有すれば、組織全体で文章作成能力が向上する。時間を短縮できるだけでなく、文章品質も一定レベルに引き上げられる。つまり、新人や文章が苦手な社員でも、文章作成スキルの底上げができる。
大企業では専用の指示文データベースを作る動きもある。最初はチャットグループで良い指示文とアウトプットを共有するだけでも効果がある。すぐに使えるナレッジであり、気軽に投稿して、他の社員に喜ばれるからである。法人向け対話AIサービスの中には、指示文を組織内で簡単に共有して検索できる仕組みを持つサービスもある。
〇生成AI活用ハッカソン
生成AIの活用法は限りない。各社の各自の業務に合わせて活用シーンを見出し、活用法を編み出してゆくとよい。そこで「生成AIハッカソン」を催す企業もある。
まずは、活用アイデアを出し合い、どんなアウトプットを作成するかを話し合う。その上で、実際に生成AIを使って、どのようにアウトプットを生成させればよいか、指示文を繰り返し練り上げる。
過去に作成した文章やレポートを生成AIに作らせるとよい。自分の作業を再現できると分かれば、利用が広がりやすいからである。
〇長文テキストの制限
現在のところ対話AIに与えられる文章の文字数には上限がある。例えば、会議の発言テキストは極めて長文である。30分の会議でも1万文字に達する。しかし、残念ながら現在の対話AIに一度に投入できるのは数千字である。文字数の約1.5倍相当のトークン数の上限として制限されている。例えば、ChatGPTでは4096トークン、つまり2500字程度である。
議事録の場合には、発言テキストを分割して与えて、それぞれ要約するのが簡単である。しかし、どうしても長文を与えたい場合もある。その際には、数回に分けてテキストを与えるので、全文が入力されるまで、タスク実行を待て、というような指示文のテクニックを使う必要がある。
後編では、Step 3~Step 4を紹介する。