生成AIコラム

第2部 ホワイトカラー業務における生成AI

第2部 ホワイトカラー業務における生成AI 第3回:「営業・マーケティング業務における生成AIの活用と展望」~生成AIによるカスタマーエクスペリエンス最適化~
2023.12.14
勝山 裕輝

三菱総合研究所は生成AI時代の始まりに向け「生成AIラボ」を新設する。それを記念して「三菱総研 生成AIコラム」の連載をお届けする。

※「三菱総研 生成AIコラムシリーズ」はこちら。

1. 営業・マーケティング業務の現状とAIの役割

生成AIは営業・マーケティング業務を効率化し、かつ業務そのものを変化させる可能性を持つ。本コラムでは生成AIにより進化する既存業務の姿と新たに生み出される業務を紹介し、将来の展望について考察する。
営業とマーケティング部門の主要な業務を図1に示す。表では各業務を「複数人で組織的に遂行する業務」と「個人で遂行する業務」に分けている。個人で遂行する業務は生成AIを試行しやすく、試行結果から得たナレッジを共有して部署へ広めることも容易だ。一方で組織的に遂行する業務の場合、生成AIやその搭載ツールへの対応についていけず普及しない、既存業務ツールと連携ができず想定する効果が得られないという課題が多く、トップダウンに導入を進める必要があるため対応には時間を要する。まずは生成AIに上手く指示を与えるスキルを培いつつ個人業務で成功事例を積み、徐々に組織的な利用に広げたい。
【図1:一般的な営業・マーケティング業務】
図1:一般的な営業・マーケティング業務 出所:株式会社 三菱総合研究所

2. 個人レベルでのAI活用の始まり

営業での活用

生成AIは定型な業務よりも、非定型で創造性が求められる業務でその能力を発揮する。注文書や契約書は決まったフォーマットで定型化されている。一方、メール文面や営業資料は個々の状況に応じた柔軟な対応が必要である。生成AIの活用により、営業担当者がより創造的かつ効率的に業務を遂行できるようになる。例えば営業マニュアルや商品リストなど顧客ごとに変わらない情報と、顧客の属性や課題などの顧客ごとに変化する情報を組み合わせ、顧客にカスタマイズした資料を生成する。特定業界に精通した顧客にはその業界に関連する情報を中心にした資料を、また別の顧客にはその人の興味やニーズに合わせた内容を提供できる。より説得力のある提案につながる。
また、AI音声認識を用いて顧客との打ち合わせをテキスト化が普及する。生成AIは発言からその日の活動内容、得られた成果、顧客からのフィードバック、次のステップなど顧客から得た貴重なインサイトを議事録や営業日報として整理・蓄積する。営業担当者は煩雑な文書作成から解放され、より本質的な営業活動に集中できる。

マーケティングでの活用

マーケティング業務において、生成AIの活用は単にコンテンツのアイデア出しや執筆、SEO対策に留まらず、戦略立案の段階から重要な役割を果たす。生成AIを使い始める前に、なぜ特定のマーケティング施策を実施するか、どのターゲットに対してどのような行動を促すことが目標なのかを明確にし、より効果的なマーケティング戦略につなげる。
図2に生成AIを活用したマーケティング戦略のプロセスを示す。まずは①ターゲット顧客の特定、つまりペルソナの設定から始まる。ここでは、生成AIを用いて市場データや消費者トレンドを分析し、理想の顧客像を形成する。次に②カスタマージャーニーを設計し、顧客が購買決定に至るまでの各接点を明確にする。続いて、③カスタマージャーニーの中で顧客体験を改善する対象を決定する。ここで、生成AIは競合分析や市場のギャップを評価して既存の取り組みの課題点や自社の弱みを分析するのに役立つ。④施策アイデアの出し、⑤コンテンツの骨子作成に進みコンテンツの方針を決定する。生成AIはトレンドやユーザーの関心に基づいたアイデアや骨子を提案する。⑥コンテンツ作成において、生成AIがSEOに強く、魅力的なコンテンツを迅速に生成する。そして、⑦コンテンツの修飾段階では、AIがユーザーエンゲージメントを高めるための文章や画像の微調整を行う。最終的に⑧効果測定において、AIはデータ分析を通じて施策の成果を評価し、今後の改善点を提案する。
図3に生成AIにマーケティング戦略を提案させる簡易的なサンプルを示す。ペルソナ設計やカスタマージャーニー作成などを短い指示で作成する。もちろん実際の現場ではニーズに合わせて試行錯誤し質を向上する必要があるが、このレベルでもたたき台を素早く示し、抜けている観点を補足するには有用だ。
生成AIを戦略的に活用し、ターゲットに合わせたカスタマイズしたコンテンツを効率的に作成することで、マーケティング施策の効果を最大化する。
【図2:マーケティング戦略における生成AIの活用プロセス】
図2:マーケティング戦略における生成AIの活用プロセス 出所:株式会社 三菱総合研究所
【図3:生成AIによるマーケティング戦略の生成サンプル】
図2:マーケティング戦略における生成AIの活用プロセス 出所:株式会社 三菱総合研究所

3. 顧客・市場動向分析の進化

営業支援SFA(Sales Force Automation)、顧客管理CRM(Customer Relationship Management)、コンテンツマーケティングなどの既存ツールとの統合で生成AIはさらにその価値を高める。
ChatGPTのWebブラウジング機能や、対話形式で情報検索を行うPerplexityの生成AIモデルPPLX Online※1のように、最新の情報をWeb上から収集する能力を持つ生成AIが登場している。SFAやCRM上に蓄積された自社の顧客情報とWebから得た市場動向を合わせてAIで分析し、市場における顧客の立ち位置やニーズを把握、効果的な営業戦略の立案をAIが支援する。
また、従来データサイエンティストの専門知識が必要だったマーケティングデータの分析も、生成AIのサポートによって専門知識がない人でも実行するようになる。加えて、データを収集し、特定の指標に集計、可視化、結果の説明、アクションの立案までの一連のプロセスを生成AIタスクとして構築する。これにより立案と修正を短いサイクルで繰り返すことができ、迅速な意思決定につながる。なお生成AIタスクの構築は入力するプロンプトの設計やLangChainのような生成AIアプリ開発支援ツールを用いて構築できる。
既存ツールにおけるAI導入も積極的に行われている。SalesforceはEinstein 1 Platform※2という製品群を展開しており、営業、カスタマーサービス、セールス、マーケティングデータに対するAI予測機能、レコメンド機能などを提供し、企業内情報の有効活用を支援している。また既存機能に加えて、生成AIによるメール作成や要約機能の提供を発表している。生成AI搭載型ツールの可能性はこれにとどまらない。最新の生成AIを取り込み、①アクセスログ等に加えて、Web上のテキストから定性情報の収集および定量情報の抽出が可能になる。そして②指標化・可視化した結果の意味を生成AIが説明し、専門知識がなくとも明確なアクション立案を期待できる。企業内外の情報を統合し、誰もがアクションを立案できることが生成AI搭載型ツールの大きな強みとなるだろう。
一方で、顧客データをパブリッククラウドに格納することに抵抗感を持つ企業も多い。この問題に対応するため、AWSの生成AI構築サービス(Amazon Bedrock)のように、独自のクラウド環境に生成AIモデルを構築するツールが登場しており、セキュリティを確保しつつ生成AIを利用できる環境が広がっている。
ツールの進歩により生成AIの導入ハードルが下がり、営業・マーケティング業務の効率化と効果的な戦略立案が一層進むだろう。

4. 営業・マーケティングの新たな展開

ここまでは既存業務への生成AI活用について触れたが、営業・マーケティングの業務のあり方も生成AIで変化するだろう。広告、代理店販売、コンテンツマーケティングを例に生成AIによって変化する業務の姿を予想する。

トピック1:生成AI内広告の出現

生成AI内で展開される新しい形の広告、「生成AI内広告」が出現する。Copilot(旧Bing Chat)では既に生成AIの回答の中に広告の掲載が始まっており※3、生成AIの新たな収益源として、今後さらに拡大する可能性が高い。
従来のWeb広告がCookieなどの履歴に基づいてユーザーの関心事を捉えていたのに対し、生成AI内広告はチャットの会話履歴を用いることでより直接的なアプローチを可能にする。生成AIとの会話には、ユーザーの業務上の悩みや解決したい課題が頻繁に表れる。生成AIは会話内容の悩みや課題に即した製品やサービスを紹介し、なぜそれが推奨されるのか、どのようにしてユーザーの課題に応えるのかを説明する。生成AIによって広告が事実上の「営業担当」となる時代が到来しつつある。
広告はより個人化され、ユーザーニーズに即応する形で進化していく。従来の広告手法と比較して、生成AIによる広告は、より精度の高いターゲティングと、ユーザーにとって価値のある情報提供をもたらす。これはマーケティング業界における大きな転換点となり、今後の広告戦略に大きな影響を与えることになるだろう。

トピック2:生成AIの代理店化

広告に加えて、生成AIが製品やサービスの販売を代理する可能性もある。この変化は、従来の販売方法に大きな影響を及ぼすだろう。既にGPT PluginやGPTsのようなプラットフォームを通じて、特定の内容に特化した生成AIのカスタマイズが行われている。楽天トラベルや食べログなどの一部サービスは、GPT Pluginに登録して自社サービスと連携を行う。これにより消費者に直接的かつカスタマイズされた情報提供を行い、販売につなげている。
この動きは、BtoC市場だけでなく、BtoB市場でも拡大すると考えられる。単に自社製品の説明を行うだけでなく、製品の使い方に関する問い合わせや、製品導入後の活用方法についてのコンサルティングなどのアフターケアも生成AIが実施することで、顧客満足度の向上と長期的な利用継続が期待できる。
さらに、生成AIが代理店となることで、海外展開も容易になる。ChatGPTなどの多言語で回答できるAIにより、海外営業やローカライズにかかるコストは大幅に削減する。特にリソースが限られている中小企業にとって大きな利点となるだろう。

トピック3:ショートムービーの生成と分析

ショートムービー型SNSの流行は、企業の広告およびコンテンツマーケティングの領域に大きな変化をもたらしている。TikTokやInstagramなどのプラットフォームの台頭により、企業のマーケティング戦略もショートムービー型コンテンツへの移行が進んでいる。しかし、従来のWebページ型コンテンツに比べて、ショートムービーの制作はコストがかかり、かつ特有のノウハウが必要であるため、多くの企業が導入に苦戦している。この点において、生成AIはショートムービーの生成と分析の面で大きな助けとなり得る。
注目されているのが、AIインフルエンサーを活用したマーケティングだ。画像生成AIの発展により、AIで生成したキャラクターが自社製品を紹介するショートムービーも実現しつつある。例えば、AIキャスティ※4は、画像生成したAIインフルエンサーが個社の製品を紹介する画像を生成するサービスを展開している。またAnimate Anyone※5のように既存の画像から自然な動画を生成する技術も登場した。複雑なダンスでも失敗して撮り直すことなく、一度AI用のデータを作成しておくことで、様々な人で同じ動きの動画を再現できるのが魅力だ。
さらに、AIによる動画コンテンツの分析ツールも登場している。サイバーエージェントは、動画広告の分析を行い、過去のデータから広告配信効果をスコア化し、リアルタイムに効果予測しながら動画撮影を行う極予測LED※6を開発している。また、Google BardのYouTube動画の要約・質問機能のように、動画を分析し、それに基づいた説明を生成するAIが開発されている。これにより、流行を捉えたコンテンツの特徴をAIに分析させて、自社のコンテンツ制作に活用できる。
AIの活用は、コンテンツの制作コストを削減するだけでなく、より多くの顧客の注目を集めるコンテンツを生み出すための重要なツールとなる。

5. 生成AI時代の営業・マーケティングはカスタマーエクスペリエンスの個別最適化がポイント

生成AIの進化は、営業・マーケティング業務を根本から変革する可能性を秘めている。業務が高速化する一方で、他社との差別化を図るにはこれまで以上に顧客理解を深め、顧客価値創出に注力することが重要となるだろう。
個々の業務の効率化は、生成AIの初歩的な利用法に過ぎない。真の価値は、製品・サービスの購入前から購入後のアフターフォローに至るまでのカスタマーエクスペリエンス全体を再構築し、生成AIを用いて顧客ごとに価値を個別最適化することにある。これにより、深い顧客理解と、それに基づく価値提供が実現される。業務効率化から始め、徐々に営業・マーケティングの垣根を超えて顧客体験の全体像を構築する取り組みへと拡大してゆきたい。
生成AI時代は、顧客環境にも大きな変化をもたらす。生成AIを用いた業務改革や新事業開発が顧客企業で増加し、それに伴い人や設備、社内システム等の導入や刷新する機会が生まれる。また消費者の生活にも生成AIが普及し、情報収集や購買、SNS上のコミュニケーションなどのスタイルが変化する。環境の変化は新しい需要や課題を生み出し、営業・マーケティング職にとって大きなチャンスといえるだろう。変化の激しい時代だからこそ、営業・マーケティングの力がこれまで以上に重要となり、企業の競争力強化の鍵を握る。営業・マーケティング担当者の生成AI活用トップランナーとしての活躍に期待したい。
  1. Introducing PPLX Online LLMs(https://blog.perplexity.ai/blog/introducing-pplx-online-llms)、閲覧日:2023/12/4
  2. SalesforceのAIソリューション(https://www.salesforce.com/jp/products/artificial-intelligence/)、閲覧日:2023/12/4
  3. Microsoft Advertising Blog: A new solution to monetize AI-powered chat experiences(https://about.ads.microsoft.com/en-us/blog/post/may-2023/a-new-solution-to-monetize-ai-powered-chat-experiences)、閲覧日:2023/12/4
  4. AIキャスティ(https://aicasty.hopelivs.jp/)、閲覧日:2023/12/4
  5. Animate Anyone: Consistent and Controllable Image-to-Video Synthesis for Character Animation(https://humanaigc.github.io/animate-anyone/)、閲覧日:2023/12/4
  6. AIで効果を出す革新的な動画の撮影スタイル、効果が出るまでリアルタイムに効果を予測しながら撮影し続ける「極予測LED」の提供を開始(https://www.cyberagent.co.jp/news/detail/id=25695)、閲覧日:2023/12/4

筆者

筆者 勝山 裕輝 株式会社三菱総合研究所 デジタルイノベーション部門 生成AIラボ
勝山 裕輝
株式会社三菱総合研究所
デジタルイノベーション部門 生成AIラボ

AI/データ分析を活用した実証実験、新サービス開発、社内業務改革を担当しています。特に自然言語処理技術やUX評価・検証を得意としています。最新技術を用いてお客さまの課題をどのように解決していくか、最も良い形を一緒に考えていきたいと思います。

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